マウスガードは怪我の予防にどれくらい効果があるのですか?
スポーツに使用するマウスガードの外傷予防効果については信ぴょう性の高いものから低いものまで様々な文献があります。信頼できる文献の内容をまとめますと、「歯やお口の周りのケガを予防する効果はあるが、脳震盪の予防効果に関しては立証されていない。」というのが現状です。実際の国内外の主要文献を通して、現在のマウスガード研究の動向、どのようなマウスガードに効果があるのか?などについてお話ししていきます。
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お口の周りの怪我はどれくらい発生しているの?
日本スポーツ振興センターが行なった平成28年度の統計(※1)によりますと、学校管理下で歯・口・顎といった歯科領域に起きた事故は約6万件でした。大学生、社会人、プロ選手はこれに含まれませんのでさらに多くの外傷が歯科の領域で発生していると言えます。
外傷の人数が多い競技は、野球、サッカーですが、部員1000人あたりの発生率で比較しますとラグビーと柔道が高くなります。
ラグビーやボクシングなどのコンタクトスポーツではマウスガードが義務化されており、2017年に柔道でも使用が認められるようになりました。しかしマウスガードを使用しない競技でも外傷は発生しており、義務化されているスポーツよりもその人数は多いという現状があります。
また、アメリカでは全米大学体育協会(NCAA)に外傷監視システムが整備されており、このデータ(※2)によると顔面外傷の発生率は女性で高く、手術を要する顔面骨折は男性に多いとのことです。
ではマウスガードの「顔面外傷の予防効果」についての研究を見てみましょう。
顔やお口のケガが激減
1989年に米国アラバマ州でコンタクトスポーツをしている中高生2,470名を対象に行われたアンケート調査(※3)によりますと、顔やお口のケガの発生率はマウスガード未使用者では55.1%に達するのに対し、マウスガード使用者では2.5%であったと報告されています。
より大規模な調査でも「効果あり」
アメリカの男子大学バスケットボールチーム(DIV-1)の50チーム(のべ70,936人)を対象とした調査(※4)では、「マウスガード使用者」は「マウスガード非使用者」に比べて「歯のケガ」「歯科医への紹介」が明らかに少なかった。とのことです。
ラグビー大国ニュージーランドでは1997年からマウスガードが義務化されており。競技人口120,900人がマウスガードを着用しています。
2005年に発表された調査(※5)によりますと、マウスガードが義務化されていなかった1996年当時に比べて、2003年の歯科外傷発生率は43%減となり。ニュージーランド全体で187万NZD(約1億5000万円:1NZD=80円で換算)の医療費を抑制したという結果になりました。
この結果は、単純に「医療費が抑制された」という側面だけを捉えるべきではないと考えます。なぜなら、医療費は抑制されたもののマウスガード作成には費用がかかっており、プレーヤー個人の負担としてはむしろ増えているからです。
しかしながら、治療費1.5億円分の「お口のケガ」をマウスガード着用で減らすことができたという事実はやはり注目されるべきです。
なお、同じ研究でマウスガード非着用者の歯科外傷リスクは、マウスガード着用者の4.6倍と推定されました。
日本ではしっかりした統計調査が進行中。
マウスガードの外傷予防効果を正確に計測するためには、マウスガードを「つけるグループ」と「つけないグループ」に無作為に分けたうえで外傷が起こる可能性のあるスポーツをさせ、そこから得られたデータが最も信頼性があります。しかし、このような研究は倫理的に問題があるため行われることはありません。
そこで、日本スポーツ歯科医学会が、学会員が対応したすべての選手にカスタムメイドマウスガードを提供し、シーズン終了後にマウスガードの着用率と外傷発生頻度との関係を分析する大規模な調査を行なっています。
2013年に発表された中間報告(※6)では、
- マウスガード着用率が口腔外傷経験の有無に影響する。
- マウスガード着用率を増加させるとスポーツ時の口腔外傷発生を抑制できる。
と報告されています。
脳震盪の予防効果は立証されていない
1964年に「マウスガード装着により脳へのダメージが約50%軽減した」という報告(※7)がされて以降、数々の研究でマウスガードの脳震盪予防効果の可能性が報告されています。しかし、脳震盪の起こり方は複雑なうえに、実際に人で実験してみることもできませんので、この効果が立証されているとは言えません。
どんなマウスガードでも効果があるのでしょうか?
歯科医師の国際的な集まりであるFDI(国際歯科連盟:本部ジュネーブ)が2008年に発表したマウスガードの関する声明(※8)では、「お湯で温めるタイプではなくカスタムメイドのマウスガード・マウスピースに限って外傷予防効果を認める」とされています。この提言後、急速に世界のスポーツ界にカスタムマウスガードが広がりました。
当たり前にマウスガードをつけるスポーツ文化を広めたい!
アスリートの資本である「自らの身体」を適切なプロテクターでしっかり守ることで、より安心して最大限の力を発揮することができます。
一生使える歯を一瞬でなくしてしまわないように、いつまでも思いっきり笑えるように、より違和感が少なく効果が高いスポーツマウスガードを追求し、普及に努めていきたいと考えています。
参考文献
- 1 学校の管理下の災害 [平成29年版]
- 独立行政法人日本スポーツ振興センター
- 2 MAXILLOFACIAL INJURIES AMONG NATIONAL COLLEGIATE ATHLETIC ASSOCIATION (NCAA) ATHLETES: 2004 TO 2014.
- CHORNEY SR ET AL.
LARYNGOSCOPE. 2016 DEC 20. DOI: 10.1002/LARY.26441.
- 3 Oral trauma in adolescent athletes:a study of mouth protectors
- McNutt, T., Shannon, S. W. Jr, Wright, J. T. and Fein- stein, R. A.
Pediatr. Dent., 11:209- 213, 1989.
- 4 EFFECT OF MOUTHGUARDS ON DENTAL INJURIES AND CONCUSSIONS IN COLLEGE BASKETBALL.
- LABELLA CR, SMITH BW, SIGURDSSON A.
MED SCI SPORTS EXERC 2002;34(1):41-4.
- 5 AN EVALUATION OF MOUTHGUARD REQUIREMENTS AND DENTAL INJURIES IN NEW ZEALAND RUGBY UNION.
- QUARRIE, K. L., GIANOTTI, S. M., CHALMERS, D. J. AND HOPKINS, W. G.
BR. J. SPORTS MED., 39:650-654, 2005.
- 6 マウスガードの外傷予防効果に関する大規模調査について ―中 間 報 告―
- 安井利一ら
スポーツ歯学 第 17 巻 第 1 号:9~13,2013,8 月
- 7 THE RELATION OF MOUTH PROTECTION AGAINST SHOCK TO HEAD, NECK AND TEETH.
- HICKEY JC, ET AL.
J AM DENT ASSOC 69: 273-281, 1964
- IS PROTECTIVE EQUIP- MENT USEFUL IN PREVENTING CONCUSSION? A SYSTEMATIC REVIEW OF THE LITERATURE
- BENSON, B. W., HAMILTON, G. M., MEEUWISSE, W. H., MCCRORY, P. AND DVORAK, J.
BR. J. SPORTS MED., 43:56- 67, 2009.
公開日:2018年1月11日
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この記事の執筆者
佐々木 隆之先生
歯科医師
日本口腔外科学会 認定医
日本顎顔面インプラント学会
日本スポーツ歯科医学会