被せ物の脱離や破損が多い、知覚過敏がある、歯根破折の経験があるのには何か問題があるのでしょうか?
力の問題があり、力のコントロールが必要かもしれませんね。最近では、小さい力でも積み重なることで問題があると考えられています。その1つに木野先生(東京医科歯科大学)と杉崎先生(東京慈恵医科大学)によって顎関節症治療の現場で提唱されたTCH(Tooth Contacting Habit;歯列接触癖の略)、上下の歯を持続的に接触させる癖があげられます 1)。
顎の疲労感や肩こりなどの不定愁訴にTCHが影響している可能性がある場合もありますので、そういった症状に悩まされている時は、むやみに歯を削ったりマウスピースを装着したりする前に、TCHの改善に取り組む価値はあるかと思います。
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TCHの問題点
TCH(Tooth Contacting Habit;歯列接触癖)とは、上下の歯を持続的に接触させる癖です。
普段は唇を閉じていても上下の歯は接触しておらず、上下の歯の間には数㎜程度の隙間が空いており、これを安静空隙と言います。話や食事をする際に上下の歯が接触しますが、その接触時間を総合すると1日のうち、わずか17分30秒です 2)。上下の歯の接触時間が長くなると、筋肉の緊張や疲労、顎関節への負担が増え、起床時症状(顎の疲労感、歯の違和感、口が開きにくいなど)や顎関節症、知覚過敏、楔状欠損、咬耗、歯冠補綴の破折や脱離、歯冠・歯根破折や肩こりやなど様々な不定愁訴に関わっている可能性が考えられています。
上下の歯の接触と聞くと一般的には「かみ締め」や「食いしばり」と大きな力を思い浮かべる方が多いと思いますが 3)、前述したように「小さい力」でも積み重なる事で問題が起こるのです。例えば、食いしばりのような噛む力の最大の40%の力で持続して噛み続けられるのは1.4分ですが「小さい力」の7.5%の力ですと157.2分も長く噛み続けることができ、翌日も痛みが出ることが分かっています 4)。
TCHと歯軋り
ブラキシズムとは、歯ぎしり、食いしばり、または下顎の突出や固定によって特徴付けられる反復性の咀嚼筋活動で、ブラキシズムには2つの異なった概日性の発現を特徴とします。1つは睡眠中に生じる「睡眠時ブラキシズム」、もう1つは覚醒中に生じる「覚醒時ブラキシズム」です 5)。
日中のTCHを軽減させることで夜間の歯軋りも軽減され、顎関節症や様々な不定愁訴が軽減する可能性が考えられています。TCHを是正すれば絶対に歯軋りや顎関節症が治るということではありませんが、TCHの是正は器具を装着したり、歯を削ったりする必要が無いので、まずは試してみる価値があります。
TCHが起こる原因
作業性によるもの
例えば、本を読んで集中すると咬筋の筋活動量が増加します 6)。パソコンやスマホなど現代人は集中するものがありますし、料理やデスクワークなども集中する作業になりますね。
ストレスによるもの
人間関係、生活習慣の変化など心理社会的要因やストレスは,覚醒時クレンチングの発現や増加に関与している可能性があります 7) 8)。
歯科的要因によるもの
例えば、臼歯部咬合支持がなく義歯が不安定であると筋活動が起ります 9)。かみ合わせが気になったりする場合は気を付けましょう。
TCHの改善法
現在推奨されてる方法はリマインダーです。TCHはテレビを見ている時や長時間パソコンをしている時などに起こりやすいので、テレビやパソコンの隅に何らかのシールや写真などを貼っておき、それを見たら上下の歯が接触していないかどうかを確認し、もし接触していたら離すということを繰り返すという方法があります 1) 10)。
ただし、TCHを意識しすぎるとそれがかえって疲労感を作ってしまうこともありますので、四六時中TCHを意識して生活するのではなく、リマインダーを見たりTCHにふと気づいた時に歯を離すようにすることが推奨されています。
また、TCHの改善指導を行っている歯科医院もありますので、TCH研究会や次世代の顎関節症を考える会などで調べて、歯科医院でしっかりとTCHの是正指導を受けることをお勧めします。
参考文献
- 1) Teeth contacting habit as a contributing factor to chronic pain in patients with temporomandibular disorders.
- Sato F, Kino K, Sugisaki M et al.
J Med Dent Sci. 2006 Jun;53(2):103-9.
- 2) Bruxism.
- Graf H.
Dent Clin North Am. 1969 Jul;13(3):659-65.
- 3) Magnitude of Bite Force that is Interpreted as Clenching in Patients with Temporomandibular Disorders: A Pilot Study
- Nishiyama A, Otomo N, Tsukagoshi K, Tobe S, Kino K
Dentistry. 2014; Special Issue2004.
- 4) Jaw muscle soreness after tooth-clenching depends on force level.
- Farella M, Soneda K, Vilmann A, Thomsen CE, Bakke M.
J Dent Res. 2010 Jul;89(7):717-21
- 5) Bruxism defined and graded: an international consensus.
- Lobbezoo F, Ahlberg J, Glaros A, et al.
J Oral Rehabil. 2013 Jan;40(1):2-4.
- 6) VDT作業が顎関節症の発症・持続・悪化に与える影響を探る
- 西山 暁
日本歯科医師会雑誌2013;66:47-53
- 7) Role of psychosocial factors in the etiology of bruxism.
- Manfredini D ,Lobbezoo F.
J Orofac Pain. 2009 Spring;23(2):153-66.
- 8) Perceived psychosocial job stress and sleep bruxism among male and female workers.
- Nakata A, Takahashi M, Ikeda T, Hojou M, Araki S.
Community Dent Oral Epidemiol. 2008 Jun;36(3):201-9
- 9) Specific diurnal EMG activity pattern observed in occlusal collapse patients: relationship between diurnal bruxism and tooth loss progression.
- Kawakami S, et al.
PLoS One. 2014 Jul 10;9(7):e101882
- 10) 疼痛のあるインプラント患者における疼痛緩和の1つの方法としてTCHの是正指導の提案
- 加藤 道夫、加藤 亜希子、伊藤 珠里、山本 佳奈、中村 恵理、横井 和弘、森田 雅之、佐藤 淳一
日口インプラン誌2017;30.18-22
公開日:2018年8月29日
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この記事の執筆者
この記事の監修者
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安藤 彰啓先生
歯科医師 / あんどう歯科口腔外科 院長 / Spark Medical 代表